内容:「極度の寒がりなんです」やっと夏が終わり、少し涼しくなったばかり、そろそろ一枚羽織るカーディガンでも買おうか、そんな季節に彼女はそう語った。季節にはそぐわない厚着をしてインタビューしている彼女、名前は「エナ」。少し変わった名前だな、と私は思った。だからだろうか、彼女の名前は撮影が終わった今でもよく覚えている。傍から見たらイイトコのお嬢さんの様な雰囲気をしているエナだが、インタビューが進むにつれてその印象は変化していくことになる。彼女の生まれは長野の都心部。父と母、エナと弟の4人家族で慎ましく暮らしていた。父は自宅で小さな会社を経営し、母はそれの手伝いをする。特に裕福というわけではなく、収入を一般的だった。そんなごく普通に家庭に生まれ育ったエナだが、中学に上がる頃にエナの家族は変わっていった。父の仕事が軌道に乗り初め、成功したのだ。それから社員も増え、自宅近くにオフィスを借りるようになった。母はそれを機に専業主婦になり、自分の時間が増えた、と喜んでいた。しかしその喜びも束の間、直ぐに母の喜びは絶望に変わった。軌道に乗った会社に新たに入ってきた社長秘書が、父と不倫をしていたのだ。父は今まで不倫の「ふ」の字も浮かばないような仕事一筋の人間だったのだが、仕事が軌道に乗り人が変わったように遊びにいくようになった。その変化を、「今まで苦労してきた父なんだから・・・」と多めに見ていた母だったが、さすがに今回の不倫のことで堪忍袋の緒が切れたようだ。有無も言わせず離婚を突きつけたのだった。そして、そんな父に子育て出来るわけないと、エナと弟、両方の親権を取ろうとしたのだが、父が後継者は欲しいと必死に願った結果、弟は父の方へ、エナは母と一緒に暮らすことになった。しかも母は頑固で、「あなたの助けなんていらない」と養育費、慰謝料、全ていらないと言って出ていった・・・。それからエナの生活は一変した。元々働きに出たことなんてない母が子供ひとり育てながら仕事をするなんて無理だったのだ。住居、衣服、食事、全てが「貧乏」と言っていいくらいのランクまで落ちた。しかしそれでも一生懸命育ててくれる母に文句など言えるわけもなく、エナは我慢し続けた。長野の冬は寒い。今まで暖炉の前でソファに座りながら温かいミルクティーを飲んで家族団欒を過ごしていた冬の日。それはもう過去のこととなってしまった。夜遅くまで働いている母を待ちながら、すきま風が吹く、長屋で、父の家にいた頃使っていた温かい毛布を被りながら、ストーブの前で凍えていた。その時初めて本当の意味で「寒い」という言葉が分かった気がした。気温も、そして心も寒い。暖かいということは幸せなんだと、そう気づいたのだった。それからというもの、彼女の「暖かさ」に対する執着は強くなったのだった。「寒がり」という言葉にはこんな過去があったのだ。そして今日もエナは暖かさを求め、東京の街で彷徨い続ける。いつか本当の、自分だけの「暖かさ」を手に入れる為に・・・。