内容:飽きた。そう赤いペンで書いた紙を握って、私は眠りについた。なにやらネット上で知られている、都市伝説のようなものだ。紙に六芒星を書き、その中に「飽きた」と書く。それを持って眠り、成功すれば異世界(パラレルワールド)に行けるらしい。今いる世界の自分に飽きたらやってね、というおまじないのようなものだ。私、みなみは、就活に失敗し、大学卒業後はコンビニのアルバイトをしている。大学の頃から付き合っていた彼氏には、「重い」というよく分からない理由で振られてしまった。元々人付き合いの苦手な私は、特に仲のいい友達もおらず、彼氏がいなくなった途端に一人ぼっちになってしまった。一人にしないで、置いて行かないで、あなたしかいないのに――。そう心の中で呟き続けた。人生詰んだ。このままダラダラとバイトなんか続けても、出会いはないし何者にもなれない。だから、もしこのおまじないが失敗して私がどこにもいなくなってしまってもどうでも良かった。自ら死ぬよりずっとマシだ。だからこそ試したのだ。結果、目が覚めた私の手には紙は握られていなかった。どこにも見当たらなかった。ちゃんと探せばどこかにあるのかも知れなかった。でも私はそれを探さなかった。目覚めたベッドはいつも通りだったし、家の中も、母の顔もいつも通りだったが、ここは昨日までいた世界とは違うのだと思った。こっちの世界では彼氏がいるし、それなりに社交的な私は友達もちゃんといた。別世界の自分の位置を横取りしてしまったという罪悪感が少しだけあったが、あのおまじないを試して良かった。私は今、幸せだ。