内容:カズミが生まれ育った村は、数年前彼女が二十歳の年に無くなった。いわゆる平成大合併で、隣接する地方都市に飲み込まれたという。出身地が村だと言うのがどことなく恥ずかしかったカズミにとって、故郷が無くなる寂しさよりも、自分の汚点が消えるような感覚が先に立ったようだ。代々農業を営む生家は、曾祖父の代までは随分と羽振りも良かったらしい。立派な蔵は残っているが、カズミの父親が家督を継ぐ今となっては、至って平均的な家庭である。小さな頃から特に不自由することもなく、かといって贅沢をする訳でもない。今でも金銭に執着しないところは、この家庭環境に起因するものだろう。 かなり緊張している様子の彼女は、「私は内気だから」と話す。幼少の頃は活発だったのだが、小学三年生の時に起こったある事件から人と話すことが苦手になったらしい。意中の男子にバレンタインチョコを渡したところ、銀紙が混ざっていたと教室中に言いふらされ、それが原因で皆にからかわれたそうだ。それからは、友人たちと外で遊ぶよりも、図書室で一人本を読むことが増えた。中学高校と部活にも入らず、本を読み映画を見て過ごす日々。そんなカズミにも、高校一年生の時に初めての彼氏が出来る。学校の図書室でよく隣になる男子。メガネをかけ、知的な雰囲気を漂わす彼に、言葉は交わさずともだんだんと惹かれていく自分がいた。思い切ってカズミから声をかけ、連絡先を交換する。お互いの好きな本について語り、公園を散歩する。草食系なデートを重ね、気づけば二人は高校三年生になっていた。初体験は相手の家で、両親が旅行に行った週末に。ただただ恥ずかしく、痛みさえも覚えていないとカズミは言う。田舎の思春期にありがちな話だが、一度コトを済ませてしまえばそこから先は歯止めが効かない。最初の恥じらいなぞどこ吹く風、校舎の駐輪場にスーパーのトイレ、果ては水田の畦道でまでお互いを求めあった。受験を考えていた二人の成績は勿論右肩下がり。相手の男はどうにか関西の私大へ推薦入学が決まったが、両親が国公立への進学を熱望していたカズミはそうともいかず、自宅に軟禁状態で、ひたすらに強制的な受験勉強に励むことになる。そうするとどうしても二人の距離は遠ざかる。半ば自然消滅のような形で、関係は終わってしまった。カズミは勉強の遅れを取り戻すことも出来ず、卒業後は上京し予備校へ。浪人時代は勉強しかしていなかったので、思い出と言えるものもないそうだ。根が真面目な性分だからか、努力のかいあり無事第一志望に合格。看護学科に通うナースの卵となる。大学時代は人並みに遊び、何人かの彼氏も出来、一夜限りの経験もした。その頃には、自分が人より性欲が強いことに気づいていた。 看護師として働く今、昔よりは明るくなったと両親に言われるが、まだアガリ症は治らないし、時折強烈に感じる疎外感もなくならない。その虚しさを埋めてくれるのは、セックスだけ。「お疲れ様でした」と部屋を出る彼女の目は、「彼氏の家で見たAVに憧れて」と応募の動機を話した時と変わらず、少し怯えていた。